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イジーとまぬけな悪魔、のはじまり


あまりにもご無沙汰すぎて書き始めるきっかけを失っていた、このブログですが。

気付いたらもう10月も半ば。
日々に呑まれ、流されて、がむしゃらに毎日を過ごすのも悪くはないものです。

ただ。喉の奥、いやもっと体の深いどこかに、魚の骨よりもっと大きな欠片みたいなのが刺さって取れず。
いつの間にか刺さったまま傷も癒えて、体の一部になってしまったような。
でも時々それが、引きつるように痛む。
忘れてないか。おれのこと忘れてないか。
そんなことって、実は誰にでもあるのではないでしょうか。

先日、遠ーいところから相棒の美術家が、うちに来てくれました。
はるばる。人形を抱えて。
その人形、初めて対面したのですが、「おれのこと、忘れてないか?」って言ってるような顔をしていました。
忘れてないよ。忘れるわけないじゃないか。

新作を作ります。2月に上演予定です。
劇場ではない場所で、私一人で持って回れるような小さな作品を。
日々、少しずつ、進めて行きたいと思います。

というわけで、私、元気です。生きてまーす。
 
JUGEMテーマ:演劇・舞台
16:42 演劇 comments(0)
流産の記録3 手術まで
自然に出て来るのを待つか、手術か、と言われた時、なんとなく手術は嫌だなと思って、自然に出て来るのを待とうと思っていたのだが、診察室を出た途端、あまりにも自分が流産についての知識を何も持ち合わせていなかったので、急に不安になった。
自然に出てきた場合はプチ出産です、と先生が言っていた。
陣痛ほどじゃないけど結構痛いし、出血もかなりあります。
かなりって・・・どのくらい?自宅で自分で対処するの?あまり痛かったら病院に来ていいの?
思わず助産師さんをもう一度呼び戻してもらって色々質問をしてしまった。
なにかあったらいつでも連絡していいですから、と優しい答えに少し安堵して、帰途についた。

しばらくは何もできずぼーっとしていたのだが、少しずつ、どうにかしないとな、と重い腰を上げて、
自分の身に何が起きているのか、これからどうなるのかをネットで記事を読みあさった。
そして、調べてみて初めて、こんなに流産を体験した人が多いことを知った。
そして、その全てがケースバイケース。人それぞれで様子が違う。出産体験記を読んでいるのと同じ感じだった。
読み進めるうちに、自然流産のメリット、デメリット、掻爬手術のメリット、デメリットがわかってきた。
自然流産の場合、子宮に傷をつけることなく、我が子を出してあげることができる。でも、人によるけどかなりの痛みと出血が伴う場合が多い。また、全て出し切れない場合はその後手術の可能性もある。
掻爬手術の場合、麻酔を使うので痛みは無いが読んで字の如く掻き出す手術なので、妊娠で柔らかくなった子宮を少なからず傷つけるらしい。手術内容は中絶手術と同じ。ただ、仕事をしている人なんかはいつ大量出血するかわからない自然流産よりは、手術を選ぶ人が多いみたいだ。
まあ他にも色々あるが、仕事のことは確かに気になった。
ちょうど2週間後にお店でイベントを予定していて、その日に穴をあけるわけにはいかなかった。
想くんの面倒をひとりでみている時にもし大量出血するのも怖いし、万が一イベント中に大量出血したらイベントを中止するわけにもいかないし・・・と、やっぱり手術しようと決めた。
なんだかずっと夢をみている感じで現実感はまるでなかった。
水子供養って6週とかでもできるんだろうか、なんて調べたりしていた。

紹介状を持って、近所の大きな病院にかかった。
問診、内診を経て、やはり稽留流産で週数は6、7週程度です。とのこと。
なんだか他にも色々話したのだが、その中でなにか質問は?と問われて、ネットで調べて気になっていたこと聞いた。
手術でかき出したもの(私の場合はまだ胎児ではなく胎嚢)は、引き取れるのかどうか。
答えはあっさり、ノーだった。
やっぱり。手術を決めてからそれだけが気がかりだった。ネットみる限りでも引き取りについて書いている人はほぼおらず、
私にとってはそこが一番重要だったのでなかなか心が晴れなかった。
そして先生が継いだ言葉に思わず絶句した。
「残念ですが、かき出す段階で粉々になってしまうし、出したものは医療ごみとして処分しなければいけないんです。」
その場はああそうですか、とだけ答えたけど、内心、駄目だ。ナシナシ。手術は止めよう。自然に出て来るのを待とう。
そして手術の予約をいつにしますかと問われて、2週間もあれば出てきてくれるだろうと安易に考えて、3/9にした。
粉々という言葉を聞いた時に自分のどこかが粉々になるような、顔面を殴られたような衝撃を感じた。
診察室を出てからわなわな震えが止まらなかった。
医療ごみ?ごみじゃねーよ。死んでてもただの空っぽの袋でも私の大事な子どもですから。
事実だけを書き連ねておこうとは思うけど、ここだけは、この点だけはどうしても捨てておけない。
22週未満の胎児は死亡届も必要ないし、火葬許可、というのも出ない。
もちろん、12週までの初期流産と22週未満までの後期流産とでは母体にかかる肉体的、精神的負担には大きな違いがあるのは理解出来る。でも、一度でも命が宿ったら、大事な子どもには変わりないのに、自分の子どもの姿も見られないまま『ごみ』として捨てられるのは耐えられなかった。死亡届や火葬までできなくても良いから、せめて引き取って、私たちなりに埋葬してあげたかった。
そうでなければどうやって前に進めばいいのか。みんなどうしてるんだろう。

その翌日、出血が始まった。
さあ、来たぞ、と陣痛が始まった時みたいに気を引き締めていた。いつでも出て来い、母ちゃんが受けとめてやるっ!と息巻いていた。
トイレだとそのまま流れて便器の奥に行ってしまうと手が届かないとネットで読んだので、
大量出血したら風呂場に行こうとか、とにかく夜用のナプキンを大量に買い込んで準備したりしていた。
が、だらだらした出血は一向に増える気配もなく、時間だけが過ぎて行った。

そのうちひいていた風邪をどんどんこじらせて、咳で夜も眠れなくなっていった。
あんまり体調が悪いと大量出血が始まった時にしんどくなるのではないかと思い、かかりつけの呼吸器科にかかったら、
急性気管支炎からの喘息発作と診断された。発作用の吸入薬を使うと幾分楽になった。
1週間経っても出血量は増えず、むしろ減ってきていた。少し不安な気持ちが増して来た。このままでは手術になってしまう。
出て来い、出て来い。このままだとごみとして捨てられちゃうよ。ちゃんと受けとめてあげるから、安心して出ておいで。
毎日おなかを撫でながら話しかけていた。
体調不良を理由に手術を延期しようかとまで考えた。しかも喘息持ちを理由に手術が局所麻酔になるかもしれないと、受診した時にちらりと言われたのも今更ながら不安でしかたなかった。意識がある状態で、自分の子どもがかき出される音を聞くなんて、とてもじゃないけど耐えられない。
なんとか理由をつけて延期できないか色々思案したが、手術の為に義両親にわざわざ来てもらったり、実両親にも色々手配したり、
もう既に私たちだけの問題ではなくなっていた。病院も含め各方面に迷惑がかかるだろうな。
諦めきれない気持ち、周囲への申し訳なさ、手術への不安・・・さんざん悩んでぐるぐる考えて、眠れない日が続いて、
ああもうこの子には会えない運命だったんだろうな、と。手術の日が迫るごとに諦め、というか悲しみ、というか・・・いろんな感情の入り混じった複雑な気持ちでただ、時間が過ぎて行くのを茫然と眺めていた。
稽留流産は自覚症状がない。体調も風邪でしんどいだけで、出血しても腹痛も腰痛も私の場合はそんなに無かった。
風邪さえひいていなければなんの問題もないので、いつまででもお腹の中に入れておきたい気持ちはやまやまなのだけど、
そんなわけにはいかないのだろうか?と真剣に考えてしまった。
自覚症状がない分、現実を受け入れるのが難しかった。
手術の前日になってもかかりつけの産婦人科医が「ドッキリでーす!」って出てきやしないかと思う程。
いや、出てきたら訴えるけど。
自分の体に起こっていることではないような、不思議な感じだった。

ついに手術前日には出血は殆ど止まってしまっていた。

JUGEMテーマ:子育て日記
10:59 子育て comments(1)
流産の記録2 告知
2月に入ってからどうも体調が優れなかった。そこはかとなくずっと吐き気がする。
消化不良か風邪か、と思って放っておいたら1週間続いたので、まあまさかね、と思いながら検査薬を使ってみたらまさかの陽性。
白状するとその時の第一声は「マジかよ〜」だった。
2人目はいつか欲しいとは思っていたのだけど、今の、想くんひとりでいっぱいいっぱいな生活。保育園に入れることすらままならない、仕事も未だままならない私たちが2人目なんて・・・高望みしちゃいかんな、と思っていたので。
さらに白状すると想くんはまだ授乳中で、私の生理もまだ再開してなかった。
つまり、ホルモン的にはまだ妊娠するべきじゃなかったんじゃないだろうか。手術後に医者にも言われました。
今思うと、なんて無責任なことをしたんだろうと、このことを一番残念に、後悔しています。
でもまあ、そんなネガティブな感情は束の間のこと。
帰宅した圭くんの嬉しそうな顔や、何も分からずに笑う想くんの顔を見ているとあっという間に気持ちは2児の母になって、
早速産婦人科に予約を入れ、いそいそノンカフェインを飲んでみたり、靴下を重ね履きしたり・・・。
やっぱり嬉しかった。

早速行った産婦人科では生理が再開していないので正確な週数は言えないけど、大きさからしておそらく5週くらい。
まだ心拍も確認できないので2週間後の再診でちゃんと成長が確認出来ればだいたいの出産予定日等がわかるでしょう、
そうでない場合は・・・まあ、よくあることですから。
と、後半のよくあること、のくだりは想くんの時も同じようなことを言われたけど、まあ、想くん大丈夫だったし、と、半分聞き流してました。
ひとまずは、おめでとうございます。
まだ春にはほど遠い2月半ば。なのに音が聞こえるほど春を感じた日でした。

それから数日経って、ひどい風邪をひいてしまいました。
風邪薬は飲めないからまあ、暖かくして大事にしていれば治るだろうと思っていたのだけど、
つわりで食欲もなく、まだ吐く程ではないけど水分もあまり摂れず、でも想くんの授乳もあるので
無理矢理なんとか少し食べ・・・そうこうしているうちにみるみる悪化。
かかりつけの産婦人科の再診を待たずに漢方だけもらいに行って様子を見ていました。
あんまりに具合が悪すぎて、いつのまにかつわりが消えたことにも気がつかず。

再診の日。
「見えませんねえ・・・」
いつもの明るい調子とは一変してだまりこんだ先生がそれはそれは色んな角度からエコーをあててしばらく格闘してくれたのだけど、だまりこんでしばらくしてエコーを外してしまった。
なんて言われたのか頭が真っ白で覚えてないけど、大きさが6週くらいで止まっていることや、何か色々説明された。
よく意味がわからなくて、しばらくして
「これって流産ってことですかね?」
と聞いたのだけど、その時の先生のリアクションも、よく覚えていない。
こうなった場合、2つ方法があって、自然に流れて出てくるのを待つか、手術でかき出すかのどちらか。
手術をする場合はうちでは設備が無いので、他の病院を紹介します。
どうするかはしばらく考えて、ご家族と相談して・・・云々。
その間、ずっと想くんがグズリマックスで勝手にエコーのプリントアウトボタンを押すわ、まとわりついて離れなくて、
今思うとショックに浸る余裕もなくて救われた気がする。

帰りの車を運転しながら、おんおん泣いた。
 
JUGEMテーマ:子育て日記
16:40 子育て comments(0)
流産の記録1 生きていた記録
春爛漫、には未だ遠い。
新門司港付近はまだ三部咲きでした。来週また行こう。



随分久しぶりの投稿で、こんな内容を書くのもいかがなものか、迷った挙げ句。
やっぱり書いた方が良いと思ったので。

2/23、稽留流産と診断され、先日手術を受けました。
数日間の安静期間を経て、体調はもうすっかり回復しました。
そして体調が回復するに従って、あんなに、何かをえぐられるように辛かった気持ちが、
少し落ち着いてきたことが、なんというか・・・衝撃でした。
もちろん徐々に落ち着いて行くことは望ましいことだし、現実を受け入れて、自分なりに昇華させて前に進むべきだとは思うのだけど、あまりにそのスピードが早くて、おののいた。
あまりに非現実的な数週間で、まるでなかったことになってしまうのではないか、と不安になりました。
それだけは絶対に嫌だ。

初期流産は6人に1人が経験する。原因は染色体異常であることが多い。母体に原因はなく、よくあることだと。
医者もみんな同じ説明をするし、周囲も気を遣ってくれる。
でも、よくあることだからといって、そんなに簡単に受け流せるはずもなく。
気を遣って前向きに振る舞っても、失ったものに代わりはなく。
もうこればかりは自分なりに、受けとめて、昇華させる過程が必要で。
人間は、忘れる。私は特に、すぐ忘れる。
こればかりは忘れるわけにはいかないので、書き留めておきたい。
たった7週間でも人の命が宿って、生きていたなら、その記録を残しておいてあげたい。
今の私にできることをせめてしてあげたいなと。

そして今回自分が実際に体験して初めて、流産について色んなことを知りました。

自然流産のこと、掻爬手術のこと、自分の身にふりかかって初めて調べて、知りました。
色んな専門サイト等で基本的な流れや知識はだいたいわかるのですが、
やっぱり人間の体に起こることなので、出産と同じで十人十色。人それぞれで違います。
そんな時に一番励まされ、役に立ったのは、同じ経験をした人のブログでした。
恩に報いる、というわけではないけど、今後同じ経験をする人がこのページにたどり着いて、
少しでも参考になればと思い、しばらく連続でこの記事を書こうと思います。

デリケートな内容でしばしば感情的になることもあるかもしれません。
読みたくない方はどうかスルーしてください。

JUGEMテーマ:日記・一般
16:24 子育て comments(0)
2015年はじまり
気がついたら新年ももう半ば。
こちらのブログにも遅ればせながらあけましておめでとうございます。

毎年ご好評いただいております我が家の年賀状。
今年は昨年11月に開催したチェコ在住の舞台美術家 林 由未さんの人形展の時に撮影したものを使ったのですが、
その時のNG集をお届けします。
画角の歪みも含めてお楽しみください。



圭くんブレてます。
というのもここだけの話なのですが、我々はこのシリーズの写真、超アナログな「タイマー」を使って撮影しています。
そう、リモコンなんて持ってません!
なので、向いのお店のシャッターギリギリに置いた一眼のタイマーボタンを押すやいなや、
圭くんがうちの店に駆け込んできます。
なので、ボツネタの多くの写真の圭くんはエクソシスト並の形相です。



ポージングも探り探りです。
テーマなんていつも決めません。
だれが迷走してるかって?
あたしだよ!



まだまだ探って行きます。
最初は困惑気味だったゆみさんもペトルも徐々に楽しくなって来たはず。
あたし?
迷走中だよ!



おお!良い感じのが撮れた!と思ったら、ペトル!腹!



というわけで、今年みなさんのお手元にお届けした年賀状の出来上がりです。

昨年は初めての子育てに追われ、これまでの人生でまたとないことの連続の日々でした。
でも考えてみたら、これまでもずっとそうだったな、と。
初めてじゃない日なんか、なかったぞ。
これからもずっとそうだろう。

毎年テーマや抱負なんて決めない主義だし、決めても明日には忘れるたちなので、決めたことはないのですが、
今年はできるだけたくさん、『恥ずかしい』思いをしたいです。
30代も後半にさしかかると、恥ずかしい思いなんてしなくても生きていけるし、そろそろ恥ずかしい思いしたくない年頃ですが。
でもでも、恥ずかしい思いしなくなったら終わりかも、とも思います。
まあ、今年はっていうか、もう今んとこ恥ずかしい思いしなかった年なんて、ないんですけどね!
しかも、これ、昨日圭くんが言った名言のパクリですが!
だは!

今年もよろしくお願いしまーす。
14:30 日々 comments(0)
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