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ブログ引っ越しのお知らせ


もう1月も下旬にさしかかっていますね。今年もよろしくお願いします。
さて、チェコに行くのを契機にはじめたこのJugemのブログ、気付いたらもう6年も続けていました。

この度、家業の家具屋のウェブサイトのリニューアルに伴い、そちらのサイト内にブログを引っ越すことになりました。
こちらの過去の記事も何らかの形で残すか、ちょっとずつ移すか・・・未定ですが、こんなに続けて来たのだから大切に記録として残しておきたいと思います。

つづきは下記サイトからご覧ください。

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15:53 - comments(0)
うずまき座「空気の観察」
今朝のパン。
成形した時にほしぶどうがあまったのでふいにのせてみたらおっぱいおばけみたいになったので、
これはすごいおっぱいが焼けるぞ、とワクワクする。
 


2次発酵も順調だったのでつやっつやにしてやろうと牛乳を塗ってやる。



焼けてみるとずいぶんこう・・・左右が離れたおっぱいみたいになって、ちょっと残念。
どうも、元気でやってます。



先日久しぶりに舞台を観ました。
もう3年も経つのか、金のさかなでお世話になった海峡演劇祭。うずまき座「空気の観察」。
九大アートラボでお話を聞かせてもらった大澤さんと、ダンサーの手塚夏子さんのご夫婦のユニット。
それぞれのお名前は以前から知っていたのだけど、手塚さんのダンスは残念ながら拝見したことが無く・・・
そしたらまさか2人で演劇をやる、というのでこれは観に行かねばと直前にお世話になっているお姉様にねじこんでもらった。

なんて素直な、そしてお二人の戸惑いとか、この時代の中でどう向き合って行くかとか、諦めない姿勢というか・・・すごく面白かった。フォーラムシアター、と言っていいんじゃないだろうか。終演後「お客様と対話することも考えていた」って仰っていた。突然振られたらどぎまぎしちゃうけど、今となってはちょっと話してみたかった。
お芝居を見ながら、たくさんのキーワードが頭をよぎったけど、一番大きかったのはSNSについてだった。
いつの時代もなんらか問題は抱えて来たとは思うけど、最近、正直、辟易する、というかこの問題は解決する日が来るんだろうか、
と思うような問題がたくさんある。そして、SNSが広がって以来、その問題についてたくさんの人たちがあらゆる種類の議論を、とても簡単に繰り広げられるようになった。対立する意見。場所によってはただの罵り合い。つむじ風みたいにまき上がっては消えるデマ。そして「さっきのあれ、デマみたいよ!」投稿。あわててその投稿を削除する人。情報に簡単に振り回されてタイムライン上をあーれーと飛び去って行く友人を見ながら、なんだか私はいつの間にか、口を閉ざすようになった気がする。
そもそもさほどSNSが充分に信頼できるメディアだとも思っていない、ただのオモチャだと思っているので、あまりそこに時間を割きたくないというのが第一の理由。重要なことはあって話すかメールや電話でよろしく、と思っていたのだけど、なんだか最近は、
もうSNSで人と深い対話はできないな、とつくづく。最近じゃないな。もう随分前からだ。もちろん良い塩梅で繋がれる、繋がりのヒントになる、プラスの側面はたくさんあるのだけど。
真意が騒音にかき消される。

SNS上では口を閉ざしていても、そんなのその人という人間のほんの、ほんの一部分に過ぎない。
私には意見がある。意見、って言うのはおこがましいくらいちっぽけな・・・思っていることくらいはある。こうなって欲しい未来もある。そしてそんな未来について人と深く話を、対話をする場面というのは、本当に少ない。
芝居の稽古中はもう嫌って言う程その作品と向き合って、共演者と吐き気がする程話合って、というのが普通なのだけど、
そんなにも深く、人と対話することを迫られる状況って、日常生活の中ではあまり無い。
だからみんな議論が上手にできないんじゃないだろうか。自戒の意味を込めて。私も議論は大の苦手だ。
あと、演劇やってる人がみんな議論が上手なわけでもない。なので、さあみなさんフォーラムシアターしましょう、というわけでもない。でも議論とか、とことん考えることに対するスタミナとか、慣れは多少あるかもしれない。
日頃から、もう少し言葉にするくせを付けたいし、諦めない体力を、そしてなにより、認めることと、答えを焦らないこと。
・・・意外といっぱいあるな。

今回のオチで手塚さんがウクレレを持ち出してくれた時にはホッとした。
大澤さんがカホンを持ち出した時にはもっとホッとした。
答えは出ない、まだ出ない。いつかは出さなければいけないけど。
だけど、このお芝居を観た人と、その議論の時間を共有して、家に持ち帰って、家族とも話したり、こうしてブログに書いたり。
草の根運動なみに受けとめる人数は少ないかもしれないけど、SNS上で顔の見えない言葉を浪費するより、よっぽど濃密で、人間らしいと思う。

深い時間を持てました。
 
15:28 演劇 comments(0)
冒険
前回は、台本が大事だなんだとエラそうにうっちゃりましたが、さてここ数日は台本をひっくり返して裏から見る時期にさしかかっているようです。こういう時期も必要です、多分。

さてそんな時にふと見かけた記事が興味深かったので、忘れないうちにメモ。

神奈川・立ち呑み文化放談 Vol.7 「人生と冒険」

青年団の山内さんと藤原ちからさんの対談。短い記事なのですが、気になる言葉がちらほら。
リベラルアーツ、冒険、場所、歴史。。。
リベラルアーツは特に、正式にはどういう意味なのか、wiki見て桜美林のサイトまで見ちゃう程気になりました。
本来の意味はもちろんネット上にも辞書にもきちんと載ってるんだけど、山内さんはがさらっとおっしゃった、
「人生を豊かにするもの。学問とか先人に対しての敬意っていうのが一番近いような気がしますね。つまり、演劇ってすげーんだぞ、と。盲信ではなくて敬意ね。」というのにどきっとした。
この、一瞬一時は、選択と決断の積み重ねだと常々思うのだけど、その選択と決断を支えるのは私の精神というか、向き合う姿勢。で、その精神や姿勢を保つ筋力(フィジカルにも、メンタルにも)を作るのは、世界に対する敬意だなぁ、と。
フワーーーッしたこと言ってますね。具体的に言うとつまらないのでここはあえてフワーーーーーッ!と。

さて、その敬意の上にしか成り立ち得ないのが、冒険だなとも思います。
どうしてもこうやってもんもん稽古している時は窮屈に感じることが多いですが、そこをなんとかかんとか超えたいところだと思っていたらまたYouTubeから素敵な曲が流れて来たなーっとぼんやり聞いていたのです。
ああ、ノリノリで切なくて、ちょっと懐かしくて、良い声だな。。。なんだっけな。。。聞いたことあるな。。。
と思って画面見たら



レキシだった・・・。
すごい好きなんだけど、レキシの曲っていつも、最初ちょっとイラっとするのは私だけだろうか。
なんか悪ふざけが過ぎる小学生の男子を見るときに似た感じの・・・またお前か!っていう。。。しかもこの顔。。。
でも次の瞬間頭から離れなくて結局買っちゃうという、新手の・・・恋ですな。
この人こそ、本当に軽やかに冒険してくれてるなぁと思います。



先日想くんは2歳の誕生日でした。
今年は毎晩読み聞かせてきた「ノンタンのたんじょうび」にちなんでおめでとうクッキーてんこもりケーキに、
想くんの大好きなピタゴラスイッチの「ピ」とデザインあの「あ」が印字されたクッキーと大好きな車と汽車のクッキーを添えて。
大喜びしてくれました。

JUGEMテーマ:日記・一般
14:45 演劇 comments(0)
台本


宮崎を代表する企業にホームセンターのハンズマンってのがあるんですが。
半期に一度、ガラクタ市というセールをやります。驚異的な値段で驚異的な掘り出し物を発見することが多いセールなのですが。
そのガラクタ市の夢の後。想くんにそっくりなやつが95%オフくらいの現品処分で売られてた。
天然パーマだとだいたい何でも似て見えるので、ギョッとしました。

世の母と呼ばれる方々は本当にスゴい。
早朝5時とかに起きて弁当作ったり、家族が起きて来る前に家事を終わらせたりする、という私から見ると都市伝説としか思えない程の働きっぷりを多くの人がするらしい。
子どもが生まれると自動的にそういうことができるようになるのかと淡い期待を抱いてもうすぐ2年になりますが、
やはりいっこうにできる気配がしない、私。
そんな中でも今日はちょっと台本を読めたので気を良くしてブログまで更新、っと。

東村アキコが寸暇を惜しんでマンガを書く為に病院や学校で使うような、紙を挟むバインダーみたいなやつで原稿を書いてると
NHKの漫勉で見たのにおもっきり影響されて、私もやってみた。
二宮金次郎風味の気分にはなれたものの、これからやるべき膨大な作業量がぼんやり見えて慄然とする深夜0時。

台本読むのはやっぱり一番大切だな。ヒントがいっぱい隠されている。
せりふとト書きしか書いてないのに、その余白にいっぱい書いてある。そして書いてあることは読む度に変わる。
初日迎えても変わる。ダメな役者なので初日迎えるころにはもう台本を見なくなってしまうのですが、、、やっぱり見た方が良い気がする。
昔、偉い演出家の先生に稽古場に台本忘れて帰って翌日その台本で殴られたな。
「役者が台本忘れて帰るなんて、武士が刀忘れるようなもんだぞ!!!」
当時で御歳65歳くらいの偉い人だったので、怒り方が昭和やな、と震え上がりながら思ったのを覚えてます。
台本は、大事です。
とか言って思い出に浸っている間にも、台本読めよ、私。

JUGEMテーマ:日記・一般
00:01 演劇 comments(0)
言語の獲得


この距離で「しーまーちゃん!め!」とわけもなく絶叫されることにももう随分慣れてはいますが、嫌は嫌らしいです。

久々に私が発熱したので昨晩は泥のように寝たらあっという間に平熱。まだまだ捨てたもんじゃないです。
が、まだ本調子ではないので家族が色々優しくしてくれます。
想くんは「たーたん(母ちゃん)、水、ぼぶ(飲む)?」とペットボトルを差し出してくれます。
そうなのです。最近の想くんはよく喋るので、子育ても格段に面白い域に突入してきました。
言葉って一度獲得してしまうとなかなか失われるものでもないので、今のこの面白さ、豊かさは一瞬なんだろうなぁと思うと、
一日一日が貴重です。いつか「うるせえ!ばばあ!」とか言われるようになったらこの頃の写真や動画を見て咽び泣こうと思っています。

なので最近、言語の獲得について思いを馳せます。
例えば。
よく英語の会話で「you know...」という言葉が多用されているのを耳にします。
you knowって挟むとなんか英語喋れるっぽい、と感じる日本人な私です。
辞書見ると色々書いてますが、「えっと」とか「あの」とか「あのね」とか、言葉を探す時に使うことが多い言葉ですね。
チェコ語を勉強していた時もなんかあった気がします。レベル低すぎて例を出すのも恥ずかしいくらいですが・・・。
日本語でも「えっと」「あの」はもちろん言葉と言葉の間に無意識に近いレベルであまり意味のないことばを挟んで、
リズムを整えたり、会話のクッションにしたりすることは大事なことだと思います。
それって会話する能力を獲得していく上で、とても重要な過程だと思うのです。
そして想くんも最近、そのレベルに到達したらしく、言葉と言葉の間に「you know...」的な彼なりの言葉を挟んできました。
その言葉が
「たーとぅーり(カタツムリ)」

今年の梅雨の時期にたーとぅーり(カタツムリ)という夢のような生き物に初めて出逢い、
グーチョキパーでたーとぅーり(カタツムリ)を何百回も作り、歌い、
おじいちゃんちからたーとぅーりー(カタツムリ)をもらい、育て、仮死状態にまで追い込んだ挙げ句、門司の小川に放流し(放流したのは親。しかも放流寸前に仮死状態から蘇るホラー付き)。
おじいちゃんからオリジナルたーとぅーりー(カタツムリ)Tシャツまでもらい。。。

そんな想くんにとって、たーとぅーりー(カタツムリ)が、「えっと」や「あの」レベルで体に染み付いていて、無意識に口をついて出てしまうなんて・・・なんかもう、言語の獲得って奥深い!人類の進化の歴史や!と感動するとともに、
なぜ!なぜ「たーとぅーりー(カタツムリ)」!と突っ込みたい衝動が抑えきれない。他にも色々あるだろうに。。。

探していた赤い玉を見つけて「あ!ちて(見て)!たーとぅーりー、あか、あった!」
自作のピタゴラ装置を解説しながら「ここからぁ〜こうしてぇ〜、たーとぅーりー、ここで、こうする!こうする!ずごいー!おっぎぃ〜(特に大きくはない)!」

あと、たーとぅーりーの類義語として「おったい(オッパイ)」ていうのもある。
それならなんとなく頷けるんだが。。。

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